昭和50年、平田市口宇賀(くちうが)町に所在する宇賀神社で行われたの秋の例大祭(10月19日)・獅子舞の様子を記録したものです。8ミリビデオでの撮影の為、映像がかなり悪いですがご視聴ください。尚、現在は、獅子舞などの奉納はされておらず、とても貴重な映像です。島根県無形民俗文化財。(昭和50年撮影・田中久雄 作成・安食彰彦)
宇賀神社の由来
一、所在地 島根県出雲市口宇賀町
一、祭 神 大己貴命
綾門姫命
一、由緒
今を去る1200年前、天平5年聖武天皇の御代、733年に作られたものに「出雲風土記」があります。
これによると、八世紀はじめの出雲の状況を詳しく知ることができます。また出雲風土記から200年ばかりのちになってできた全国の神社を一覧したものに「延喜式」の神名帳があります。これに載せられている神社は、いわゆる「式内社」と申しまして由緒正しい古い神社であります。
わが宇賀神社は、この両方のいずれにも記載されておりまして、遠く長い昔から、私達の先祖代々の人達によって祭られて参りました。
出雲風土記によりますと、大己貴命が神むすびの命の御子である綾門姫命に求婚されました。ところが綾門姫命は承諾なさらないで、身を隠された。
~求婚された女性が身を隠し、それを求婚者の男性がさがし出すのは当時の習慣であって、そのことは播磨風土記にもでております。~
そこで大己貴命は、綾門姫命がどこへ身を隠されたのかと、出雲大社をでて、弥山、鰐淵山を経て宇峠のあたりを尋ね伺われた。それで宇賀という地名になったというのです。現在西北方を奥宇賀、東南方を口宇賀と称しております。
(境内案内板参照)