北海道網走市にある網走地方気象台が「流氷接岸初日」を告げた1月31日、記者は取材中に信じられない光景を目撃した。接岸した流氷の上に、海鳥やアザラシではなく人が乗っていた。肉眼では米粒ほどの大きさにしか見えない。超望遠レンズで確認してみる。男性が流氷を撮影しているようだ。その場所は流氷の上でもあるが、海の上でもある。男性の乗っている流氷はすぐにでも沖に流れ出すかもしれない。下手したら死ぬぞ。
この日の網走市の最低気温は零下10・5度。最大瞬間風速は10・6メートルを観測した。流氷は、前日までは一部で接岸する程度だったが、北寄りの風におされて沖合から一気に岸に寄った。そして沿岸の広い範囲を埋め尽くし、船舶の水路をふさいだ。まさに「流氷接岸初日」の条件を満たす状況だった。
記者の目から見ると、男性がいる流氷の連なりは岸から沖に向かって数十メートルで途絶えていた。その先には白波が立ち、砕けた氷が海面を大きく上下していた。男性は足元の流氷が動かないと信じているのか、岸から10メートル以上沖へ流氷の上を歩いて行き、カメラを設置していた。
その間、数分くらいだっただろうか。風向きが変わって急に流氷が沖合に流れ出したり、強い波で流氷が突然砕けたりする可能性があった。このままではやばい。
と、思ったちょうどそのころ、男性は無事、岸に戻った。
男性が乗っていた流氷は、その数時間後には大きく崩れたという。2日後に記者が同じ位置から同じアングルで男性のいた場所を撮影すると、流氷はきれいになくなり、そこにはただ白波が立つばかりだった。
記者が撮った男性の映像を見た網走海上保安署の越中芳行次長はうなった。
「極めて危険な状況だ。装備を見ても、防寒対策のみ。万が一、海中に転落した場合、生命に危険が生じる。残酷な話のようだが、氷の下に入ってしまったらまず出てこない。ライフジャケットを着ていてもこれだけ氷があると浮きにくく、見つからない」
男性が乗っていた流氷は、素人目にはビクともしないほどしっかり浅瀬に乗り上げているようにも見えた。しかし「風と潮流」の力が重なれば簡単に動くのだという。
「潮流は沖合のものだと思われがちだが(岸近くでも)潮の満ち引きがある。それが(風向きと)重なると移動速度は速くなる。一般の方が思っている以上に動く。海から寄るような風や潮であれば沖に行くことはないと思うが、当然、その逆もあり、海難事故につながる」と越中次長は指摘する。