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ボイスドラマ「高山ウォーズ」

K's Books 11 5 days ago
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(CV:桑木栄美里) 「ご乗車ありがとうございました。まもなく高山、高山です」 テンションあがるなあ。 3年ぶりの高山は。 っていうか、3年ぶりの帰省か・・・ ママの顔見るのも大学の卒業式以来。 昨日いきなり帰るって電話したときは、なんか、急に ママ黙っちゃったけど。 ウルっとしたのかなあ、それとも私が帰るとまずいことでも・・・ いやいやいや、それはない。 にしても、HC85系の特急ひだは静かだなあ、揺れないし。 3年離れているうちに、世の中って変わるもんだわ。 あ、私の名前はエミリ。職業は国家公務員。 ママはフツーの国家公務員だと思っている。 でも、私が所属するのは、内閣サイバーセキュリティセンター=NISC。 以前ニュースにもなったからみんな知ってるでしょ。知らない? で、私の仕事はホワイトハッカー。 国家機密や企業のコンピュータに不正侵入するブラックハッカーと日夜戦っている。 みんな知らないけど、そもそもハッカーという言葉には悪意なんてないんだよ。 本来の意味はコンピューターやインターネットについて高度な知識と技術を持っている人。 悪いハッカーはクラッカー=ブラックハッカーと呼ばれるんだ。 エミリったら、3年ぶりに電話くれたと思ったら、明日帰る、ですって。 まったく。 まあ、今年もあと3日だからいいんだけど。 それにしてもまた、タイミングの悪いときに・・・ 私への脅迫メールが届いたのはクリスマスイブ。 送信元は、外国人のテロリスト集団。 結婚前に戸籍も変えて、高山でひっそりと暮らしていたのに どうして気づかれたのかしら? おっと、自己紹介が遅れたわね。 私はエミリの母です。 年齢?・・・ちょっと、それ失礼でしょ。ノーコメント。 職業は社会福祉士。高山の社会福祉協議会で働いています。 私、結婚前に中東で仕事していたことがあって・・・ まあ、はっきり言うと傭兵なんだけど。 いろんな国の兵士として、いろんな国の戦場で戦ったわ。 たぶんみなさんよく知っている、あの国や、この国へも。 女性の傭兵としては、かなり危ない橋も渡ってきたと思う。 成果はいっぱいあげたけど名前は知られたくないから、 ”イリメ”というコードネームで戦ってきた。 だけど、お腹に子どもができてから、完璧に足を洗った。 東京を脱出してひっそりと高山で居(きょ)を構えた。 私に子どもが産まれたことは、私を雇った国や組織も知らないはず。 私が高山に住んでいることも。 もちろん周りの人間はだれも、私の裏の顔を知らない。 なのに、どうして今さら? いや、いまの世界情勢を考えるとわからないでもないか。 彼らの目的は明確だ。 テロというのは当事者よりも、傭兵のような外部に実行させた方がよい。 あとからなんとでも言えるからな。 メールには、「仕事のオファーだ。断る選択肢はない」と書かれていた。 外資系企業のドメインだったけど、そんなの私にわからないはずがないでしょ。 知る人ぞ知るテロリスト集団のダミー会社だ。 私1人ならなんとでも対処できたけど、 まさかこのタイミングでエミリが帰省するなんて。 「ちょっとママ、どうしたの? タクシーなんてもったいない。 私、久しぶりだから高山の街、歩きたかったのに」 ママは私の質問に答えずに、運転手さんと何やら話している。 ”最近きつねを見かけたか”とか”古い町並に迷路ができた”とか。 うーん。なんか引っかかる。 いつもならすぐにパソコン開いてハッキングのチェックとかするんだけど。 実は私、急に帰ってきたのは、ちょっとだけ仕事に疲れちゃったんだよねー。 毎日暗号やらウィルスやらとにらめっこで、ストレス満載なんだもん。 高山帰ったときくらい、ゆっくりぼ〜っとしたいわ。 タクシーが家に着いたとき、母は運転手になにかを渡していた。 ”チップ”だと言ってたけど、紙のチップってなによ。 玄関の真ん前に横付けしたタクシーから玄関へ。 母の死角になって、町並もなんも見えなかったじゃん。 私が家に入ると、母はタクシーに忘れ物をしたと行って外へ。 おいおいおい。あわただしいなあ。 ■SE/タクシーのドアを閉める音 駅前からタクシーに乗る。 エミリはもったいない、と言ったけど、これが最善。 観光客でごったがえす町なかを歩くわけにはいかない。 標的になりにいくようなもんだわ。 いつRed dotにとらえられるかわからない。 しかも、このタクシー、何を隠そう、防弾ガラス製なのだ。 運転手は、私の元同僚。 彼も過去を隠して、高山の乗合自動車で働いている。 エミリには気づかれないように、やりとりは暗号で。 ”最近きつねを見かけたか”というのは、怪しい人物の情報。 ”古い町並の迷路”は、有事の際の脱出ルート。 さすが、ベテランの彼はすべてを把握していた。 今回使用する暗号解読の乱数表を彼に渡して車を降りる。 そのとき、私の耳は小さな銃声をとらえた。 私はエミリを玄関に上がらせ、外へ出る。 彼は車を発進させずに待っていた。 「サイレンサーだな。威嚇か」 そう、間違いなく宣戦布告だ。 しかも、サイレンサーの音を聞き分ける我々だけに向けて。 「私は家に戻る。そっちも油断するな」 「ママ、ちょっとこれ見て」 「なあに、お行儀悪い。立ったままパソコン開いて」 「そんなことより見てってば」 「どうしたの?」 「うちのメールって、このプロバイダのドメインでしょ」 「そうよ」 「なんか、海外から同じ内容のスパムが大量に送られてきてる」 「どんな内容?」 「これ、中東の文字かな。よくわからないけど、宛先は”イリメ”って書いてある」 「みせて」 本当は意味もわかる。クラッカーは中東の人間も多いから。 アラビア語もヘブライ語もクルド語も NISCでつくった解読アプリで一発だ。 裏の意味までわかるはず。 ”警告はした。大切なものを失いたくなかったらオファーを受けろ” ふうん、よくわかんないけど、単純なサイバー攻撃だわ。 ようし、IPアドレスからハッキングしてつきとめるか。 返り討ちにしてやるわ。 「エミリ、今日はダイニングで寝なさい。 あんたの部屋ちょっと倉庫みたいになっちゃってるから」 自宅まで知られた以上、どこからスナイパーが狙ってくるかわからない。 この家では窓がないのはダイニングだけ。唯一のセーフティゾーンだ。 それにしても迂闊だった。 娘の名前から、私のコードネームまで辿りつくとは。 そう、『エミリ』というのは、私のコードネーム『イリメ』を逆から読んだ名前。 それでも、この娘は絶対に守り抜かないと。 「ママちょっとお買い物に出てくるわ。今晩なに食べたい?」 「飛騨牛!ひっさしぶりの高山だもん!」 よし、母が外出したら、作業開始よ。 複雑に経由しているアクセスポイント。 これは、中東を拠点にした国際ハッカー集団のルートと同じだわ。 NISCにも報告しておかないと。 彼らはテロリストにもつながっているって上司が言ってた。 まさか、帰省した高山で奴らを迎えうつとはね。 まずは彼らが使っているアプリケーションのセキュリティホールを見つけてと。 ふふん。 こんなレベルのサイバー攻撃で私のフィールドを荒らすとは。 なめんじゃないよ! よし、IPアドレスまでたどり着いた! お、こいつら、インターポールから国際手配された連中だ。 まずは彼らのウィルスを無効化するアンチウィルスを送ってやるわ。 おっと、慌ててアクセスポイントを変えても無駄よ。 ロックしたから逃げられないって。 よし、あとはNISCが一網打尽にしてくれるわね。 完了。ここまで5分。 私ってすごいでしょう。 あれ?私、仕事に疲れて弾丸帰省したはずだったのに。 思いっきり仕事してるじゃん。 まいっか。悪者をやっつけたんだし。 ママには内緒にしておこうっと。 ■SE/飛び交う銃声(サイレンサー) 「あとひとり」 敵の数は25人。彼が掴んだ情報通りだった。 彼と2人で24人の敵を倒す。 しかも観光客や街の人に気づかれずに。 そんな芸当ができるのは、たぶん我々しかいないだろう。 戦場で学んだ、ランチェスター戦略を駆使して戦局を有利に進めていく。 詳しくはあえて説明しないが、戦力の劣る「弱者」が「強者」に打ち勝つための戦略。 そう、私の好きな言葉。『戦術より戦略』だ。 彼がおとりになって、宮川の欄干にもたれ、こちらを向く。 スナイパーのRed dotが彼の左胸をとらえた瞬間、私は車の中から引き金をひく。 4階建ての廃ビルでウィンチェスターを構えるスナイパーが倒れた。 終わった・・・ だが、ここも知られてしまった。 私に接触してきた武装集団を本国で一網打尽にしない限り、もう高山も安全ではない。 これから、どうする? あまり明るくない未来を想像しながら、私は自宅のドアをあけた。 「おかえりなさい。遅かったじゃん」 「ごめん、ごめん。昔の友だちにばったり会っちゃって」 「ふうん。お腹へっちゃったぁ」 「わかったわかった。いまから飛騨牛焼いたげるから」 「やったぁ!」 「あれ?」 「どうしたの?そんなにスマホ見て。ニュース?」 「中東の武装集団をインターポールが壊滅させたって・・・」 「ああ、あれね。っていうか、そんなマイナーな記事」 「そうね。どうでもいいや。さ、食べよ食べよ」 「ねえ、ママ」 「なあに?」 「やっぱ、高山っていいな」 「なによ、急に」 「私、このまま高山にいようかな」 「え?」 「どうせ、私の仕事はパソコンあればどこでもできるから」 「そうねえ、近くに置いておいた方が安心だしね」 「え?」 「ううん、なんでもない。あなたを愛してるってこと」 「私もよ、ママ」 「来年もいい年にしましょ」 「うん、お互いにね」

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