「明烏」
日向屋の若旦那である時次郎は部屋にこもって難しい本ばかり読んでいるような頭の固い若者で、悪所遊びとは一切無縁である。あまりの堅物ぶりに閉口した父親は、「遊びも知らぬ世間知らずでは困る」と、遊び人の源兵衛と多助に頼み、時次郎を吉原に連れて行ってもらおうとするが・・・新内節の「明烏夢泡雪」を下敷きにしだ噺で戦前、内容が卑俗的で低級であるとして警視庁から上演禁止にされたこともある
八代目桂文楽
8代目文楽は「黒門町くろもんちょう」「黒門町の師匠」「黒門町の文楽」などと呼ばれた。演じた演目の種類は多くはなかったが徹底的に練りこまれているとの定評がある。東京時代の初代桂小南の唯一の弟子であり内弟子として入門し浅草にある初代小南宅に住み込んだ。初代小南は自身が上方の落語家であるため、この新しい弟子に稽古をつけることはなかった。8代目文楽は3代目三遊亭圓馬(当時は7代目朝寝坊むらく)に稽古を付けてもらうことになる。3代目圓馬は、ネタ数の多さで有名で、その中には東京・大阪の演目が幅広く含まれる。食べ方一つで羊羹の銘柄を描き分け、また豆を食べるのも枝豆、そら豆、甘納豆それぞれの違いをはっきりと表現し、8代目文楽を驚かせた。
Music:BGMer http://bgmer.net
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