午前9時15分、乗客7人と記者を乗せたバスは、奈良県橿原市の大和八木駅前を静かに出発した。ここから、約170km離れた和歌山県新宮市の「新宮駅」を目指す奈良交通の路線バス「八木新宮線」だ。高速道路を使わないバスとしては日本一の走行距離を誇る。今年、昭和38年の運行開始から60周年を迎えた。
停留所は168カ所、途中3回の休憩をとりつつ、約6時間半かけて終点へと向かう。
バスは市街地で短距離の利用者を拾いながら山間部の県境へ。車内で大きなリュックサックを抱えた青年に声をかけた。
滋賀県から来た男性は、大学を休学して和歌山県の山間部に修験道の修行に向かっているという。「鉄道より安いので。いろいろな景色が見られるし、歴史が学べるので楽しいです」
運転手は、平成12年から23年間この路線を担当する杉本一雄さん。
「右手のお屋敷は、国の重要文化財に登録されています」
車内に杉本さんのアナウンスが響くと、乗客が一斉に窓の外に目を向ける。長距離路線で乗客を飽きさせない杉本さんの工夫だ。
出発から5時間、バスは日本一面積の大きい村、奈良県十津川村を越えて和歌山県に入った。世界遺産に登録されている熊野本宮大社前のバス停では、多くの外国人観光客が乗り込んできた。
山間の道幅は狭く勾配やカーブも急だ。杉本さんの足元には「たおすな」と書かれた缶が立てられている。
「この缶が倒れたら、乗り心地が悪いってことだから」と教えてくれた。
日が傾き始めた午後4時ごろ、終点の新宮駅に到着した。
テレビ番組でこのバスを知って「乗り通してみたかった」という京都市の女性は、降車する際、杉本さんに笑顔で「また乗ってみたいです」と声をかけた。
杉本さんの〝おもてなし〟が詰まった運転が6時間半の行程を温かな旅路にしている。
(写真報道局 桐原正道)
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