0:57 たぬき 23:35 天災 50:21 青菜 1:14:45 時そば 1:39:09エンドトーク 「たぬき」 いじめられているところを助けてもらった狸が、恩返しのために化ける噺ふたつ「狸の札」「狸の鯉」が、ひとつの噺にまとめあげられている。小さんの演じる子狸がいかにも愛らしい、「狸もの」を得意とした小さん面目躍如の一席 「天災」 隠居の所へ短気で喧嘩っ早い八五郎が「離縁状(三行半)を5.6本書いてくれ」と飛び込んでくる。「かかあとババアにやって、あとは壁に貼って置く」という。隠居がよく聞くとババアは八五郎の母親のことだ。夫婦喧嘩で八五郎が女房を殴ったら仲裁に入り、女房の肩を持ったから蹴とばしたというではないか、呆れた隠居だが説教でもしようものなら拳骨の2.3つも飛んで来ようという相手だ。隠居は八五郎に長谷川町新道の煙草屋の裏の心学の先生の紅羅坊名丸への手紙を持たせ先生の話をよく聞いて来いと送り出したが・・・ 「青菜」 夏のある暑い午後。裕福な隠居の家の仕事中に隠居から「植木屋さん。精が出ますな」と労をねぎらわれ、「冷えた柳蔭をご馳走しよう」と座敷に誘われる。隠居はさらに酒肴として鯉の洗いも出し植木屋はいい気分で舌鼓を打つ「青菜は好きかね」と隠居は手を叩いて「奥や」と台所の妻に青菜を出すように頼むと妻は「鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官」すると隠居は「ああ、義経にしておこう」と・・・原話は安永7年版『当世話』の一遍(無題)。東大落語会によれば昔は別題として弁慶で演じられたこともあったという。元は上方落語で三代目柳家小さんが江戸落語へ移植した。 「時そば」 古典落語の演目の一つ。 内容は蕎麦の屋台で起こる滑稽話であり数多い古典落語の中でも、一般的に広く知られた演目の一つである。「刻そば」「時蕎麦」という表記が用いられることもある。 1726年の笑話本「軽口初笑」の「他人は喰より」が元となっている。明治時代に3代目柳家小さんが上方落語の演目「時うどん」を江戸噺として移植したとされている。 以降柳派の落語家が得意として戦後は6代目春風亭柳橋、5代目柳家小さん、5代目古今亭志ん生がそれぞれ十八番としていた。 十代目 柳家 小三治 「まくらの小三治」と呼ばれるほど、まくらに力を入れており小三治のまくらを聴きに寄席に足を運ぶ常連もいたという。中堅どころの名跡であった「柳家小三治」を真打昇進から2021年に没するまで名乗り通した。この間落語協会理事や同協会会長を歴任し重要無形文化財保持者(人間国宝)にも認定され東京落語界の大看板になった。小三治は「名前を大きくした」と言われ四代目桂米丸や五代目三遊亭圓楽に並び本来留め名ではなかった中堅名跡を名乗り通し大看板となった落語家のひとりである 五代目 柳家 小さん 滑稽噺(こっけいばなし)をもっぱら得意とし、巧みな話芸と豊富な表情で、1960年代には落語界の第一人者となる。特に蕎麦をすする芸は有名であり、日本一であるとの声が多い。本人も蕎麦を実際に食する際は、職業柄周囲の目を意識して落語の登場人物さながら汁を蕎麦の端にのみ付けていたらしく、最晩年になってから、「汁を最後まで付けてみたかった」と登場人物さながらの後悔を語った。1995年、落語家として初の人間国宝に認定された。位階は従五位。 トークなしで純粋に落語だけを楽しみたい方はこちらでどうぞ 落語の蔵:https://www.youtube.com/@Repli455/videos #小三治 #小さん #たぬき #天災 #青菜 #時そば