当初はTW200として1987年4月に販売を開始した。車名のTWとは、Trail Way(トレールウェイ)の略。道なき道を走破するアドベンチャーマシンをイメージしている。「バルーンタイヤ」と呼ばれる極端に幅の太いタイヤが特徴の、異色のアドベンチャーオフロードモデルとして登場し、16psと敢えて中低速重視に設定された200cc空冷SOHC2バルブ単気筒エンジンには高度補正装置付きキャブレターが組み合わされ、高い走破性を持つ事から、後に冒険家の風間深志による、北極点到達チャレンジのベースマシンにも選ばれている。
当初は生粋のオフロードマシンであった同車であったが、1990年代後半に入ると最大の特徴である幅太タイヤが人気を博し、若者による街乗り用のカスタムベースマシンとして人気となった。4台を配備(他にYAMAHAセロー225およびHONDA TLM220)している静岡市オフロードバイク隊では、「後輪の幅が太いため、砂地やぬかるんだ路面の走行に適している」が、「重量(特に後輪)があるため、HONDA TLM220のように段差を越える走行は難しい」としている。また「最近は街用に改造された車体の人気が高く、オフロード車としての使用が珍しい」とも書かれている。
1990年代半ば、東京都杉並区のオートバイ屋(有)モトショップ五郎が手掛けたカスタマイズに代表される「ストリートカスタム」という新たなジャンルが注目を集め、街中でカスタムしたTWに乗る人のことを指す「ティーダバー」、またバッテリーレス化などでわざと車体をスカスカに見せるカスタムを指す「スカチューン」などの単語を生み出した。若者を中心に広まっていったTWのスカチューンは、テレビドラマ『ビューティフルライフ』に登場したことから更に人気を得た。その後も排気量を拡大するなどして販売され続けていたが、規準が強化された排ガス規制の施行に伴い2008年に国内仕様車の生産終了が公表された。これの補足としては、燃料供給にキャブレターを採用しており、2008年以降も継続販売するには、莫大な開発費用と時間が見込まれる電子制御燃料噴射の導入と排ガス浄化システム(触媒等)の採用が不可欠な為、経営判断に依り決定された。
初登場は1987年。後年の「活躍ぶり」からは想像しがたいが、当初は路面を選ばないアドベンチャートレールとしてのデビューだった。実際に冒険家の風間深志さんによる史上初のバイクでの北極点到達に使用されたのは改造されたTW200であったし、スリムな車体にアンバランスなほど太いタイヤは、砂地のようなところでも走ることが可能だった。とはいえ、TW200が「活躍する」ようになったのは、1990年代も後半になってから。無骨な角目ライトと大きなウインカーを、丸目ヘットライトと小さなウインカーに交換し、シート下のサイドカバーを外してその中にあったバッテリーも取り外した(バッテリーレス化)、「スカチューン」なるスタイルが、ストリートファッションの一部として認知されてから。TW200のアドベンチャーは、舗装路の上がメインステージになった。1998年には、ヤマハ自身が丸目ヘッドライトに換装したバリエーションモデル、TW200Eを発表し、新車人気に火がついた。2000年には年間販売台数が1万5千台を越え(1987-2000年末までの累計登録が5万台弱だったことからも「ブーム」がうかがえる)、その人気を受けるかたちで、2002年にはTW225(TW225E)へとモデルチェンジした。TW200としては、2001年モデルが最終となった。